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平成21年10月
◆「毛抜」 粂寺弾正
昭和61年の南米公演が初演で、日本では初めてとなります。南米公演の時、亡き松緑のおじさんがていねいに教えてくださり、おじさん自身が書き込みをして下さった台本が残っており、私の宝物となっております。その南米公演の暑かったこと・・・、今では懐かしい思い出です。ぜひ日本でも、と思っておりましたが、今までその機会がありませんでした。

とにかく理屈ぬきにおおらかで明るい役。十八番物としての屈託のなさ、無邪気さ、男の大きさを心掛け、楽しい舞台にしたいと思っております。
◆「蜘蛛の拍子舞」 坂田金時
初役です。以前国立劇場では源頼光を勤めました。その時の金時は亡き父九代目三津五郎でした。この「蜘蛛の拍子舞」は台本が幾通りもあり、今回も玉三郎さんのもと再構築されるようです。古風な狂言の押し戻しですので、「毛抜」同様、理屈抜きに、明るくおおらかに勤められればと思っています。

子供の時に怪童丸をやり、その母「山姥」も勤め、今度は成人した金時。役の変遷と共に、役者人生の変遷を重ね合わせることができるのも、歌舞伎ならではの愉しみかと、我が事ながら思ってしまいます。もしかするといつの日か、私自身が「蜘蛛の拍子舞」の妻菊を演じる日が来るかもしれませんね。
平成21年5月
◆「加賀鳶」 春木町巳之助
三度目でしょうか・・。若い頃からこの勢揃いには何度も出ておりますので、どの役を何度勤めたのか記憶が定かではありません(笑)。現在のように按摩道玄を中心にしたお芝居の進め方ですと、この木戸前の勢揃いはストーリーにはほぼ関係ありません。しかし題名にもなっている威勢のいい加賀鳶の勢揃いがないと、なんだかこの芝居を観た気がしない、というのが東京のお客様の正直な気持ちでしょう。

以前京都の顔見世でこの芝居をしたとき、この勢揃いがいっこうに盛り上がらず、困惑した思い出があります。関西には、鳶頭が粋でいなせでカッコイイという感覚がまったくないので、ストーリーとは関係なく、ただ鳶頭が勢揃いして名乗りを上げていくこの場の意味が、おわかりにならなかったようです。鳶頭=カッコイイという感覚は、江戸独特の感覚で、全国共通ではないのです。

◆「神田ばやし」 大家彦兵衛
39年ぶりの上演になります。そのときは大家が松緑のおじさん、桶屋留吉が羽左衛門のおじさんでした。ほかの出演者も皆さん物故者となられました。

私はなんとなく観た記憶があり、その後宇野先生の「柳影澤螢火」を読んだときに、巻末にこの作品が収載されており、「なかなかいい作品なのにこのごろ上演されないなぁ・・いつかチャンスがあったら」と上演の機会をうかがっておりました。今回松竹さんから海老蔵さんと何か世話物を・・・というお話をいただき、二人のキャラクターを考えてこの作品をお勧めしたところ、松竹の方でもこの作品を覚えている人がなく、改めて台本を読んでの制作会議を経て上演が決まりました。小編の人情劇ですが、人間に温かい視線を持つ後味のいい芝居ですし、清元の「神田祭」が効果的に使われ、季節感もぴったりだと思います。海老蔵さんの普段のイメージとは違う彼独特の持ち味と私がうまく噛み合えば、再上演も可能な作品になってくれるのではないかと、期待を抱いております。
平成21年4月
◆「伽羅先代萩」 荒獅子男之助
2度目です。ほんの短い出番ですが歌舞伎にとって荒事の大切な役。曾祖父七代目三津五郎のこの役が素晴らしかったそうです。その後祖父、父もたびたび勤めた役。大和屋にとってもまことに大切な役です。歌舞伎座で最後の男之助、大きな舞台に鳴り響くよう、魂込めて大切に演じたいと思っております。
平成21年2月
◆「人情噺文七元結」  和泉屋清兵衛
初役です。この芝居では勘三郎のおじさんの長兵衛でたびたび文七を勤めさせていただき、生世話物の骨法を学んだ思い出深い演目です。その後鳶頭でも何度か出演いたしましたが、ついに音羽屋さんの長兵衛で和泉屋清兵衛を勤める年齢になったのかと、感慨無量の面持ちです。芝居の最後を締める大切な役。さりげなく勤めながらも、大店の主らしい貫目とふところの深さが表現できなければいけないと思います。亡き羽左衛門のおじさんなどは、まさしくそうした舞台でした。お手本にしたいと思っています。
◆「蘭平物狂」
4回目になります。父の蘭平に子役の繁蔵で出たのが昭和42年、小学6年の時でした。その後昭和62年父の9代目三津五郎襲名のときに初役で蘭平を勤めました。31歳で、大人になって歌舞伎座で初めて主役を勤めた記念すべき舞台でした。そのときの繁蔵が今の亀寿くん、年月の重みを感じます(笑)。そのあと平成7年に息子巳之助の初舞台で、平成16年に納涼歌舞伎で、それぞれ歌舞伎座で勤めています。

「蘭平」というと、どうしても奥庭の立ち回りがクローズアップされますが、松緑のおじさんに教えていただいたことは、「立ち回りは下まわりの連中が活躍する場で、蘭平役者としては、あくまでも前半の物狂いの踊りでお客様を魅了するようでなきゃいけないよ」ということでした。その教えを大切に、義太夫狂言としての厚み、色奴らしい男の色気、力強い男の魅力で、お客様を古風な狂言の世界へ誘えるよう努力いたします。

現在の歌舞伎座では最後の上演になるでしょうから、松緑のおじさん、父、辰之助のお兄さん、立ち回りを作って下さった八重之助さんほか、この狂言にかかわり、育て、愛した皆さんの思いを乗せて、心をこめて演じたいと思っております。なお五十歳を超えて蘭平を勤めるのは私が初めてとなるはずです。立ち回りで足がもつれないように、気をつけたいと思います(笑)。
平成21年1月
◆「象引」  大伴大臣褐麿
初めての公家悪です。公家悪というと時平や入鹿を思い浮かべますが、この大伴褐麿は、姫に横恋慕し、象を引き合うという動きのある役ですので、公家悪とはいいながらも若々しく演じ、十八番物の明るさに繋げられれば、と思っています。とにかく敬愛する團十郎先輩が復帰というめでたい舞台。歌舞伎界にはなくてはならぬ大切な方ですから、その復帰をご一緒の舞台でお祝いできることは、なにより嬉しくおめでたいことで、まさに「こいつぁ春から縁起がいいわえ」という楽しい舞台です。
◆「ヲ競艶仲町」  南方与兵衛
お話をいただくまで、見たこと聞いたこともない芝居でした。それもそのはず、今まで活字になったこともないという、南北が勝俵蔵時代の作品です。役名は「双蝶々」から取っていますが、話はまるで違います。与兵衛が八幡は八幡でも関東の千葉の郷士であること、妻がお早であることは一緒ですが、お早がもとは傾城の都だったという「双蝶々」の設定を、こちらではまったく別の人間に設定しています。

与兵衛は遊女都に惚れていますが振られ、田舎娘のお早と結婚します。田舎侍が遊女に振られるということ、腕に彫り物をしているという設定は五大力や三五大切と一緒ですが、そこから殺人に発展するのではなく、与兵衛の人間性を信じた都と恋人の与五郎が、与兵衛を頼って訪ねて来て、三人が協力して事件を解決していくことになっているのがミソです。私が演じる与兵衛は、前半では遊女に振られる田舎侍の野暮さを、後半では振られた相手に信頼される篤実な人間性を求められる役で、その両面をしっかりと表出して、納得のできる人物として造形したいと思います。
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