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平成22年11月
◆「泥棒と若殿」  松平成信
3年前の5月に歌舞伎座で初演いたしました。その折松緑さんとの演し物、ということで私から提案し、歌舞伎として初めて上演した思い出の作品です。おかげさまでお客様にご好評をいただき、今回こうして再演できることになり、なにより嬉しく思っております。若殿、とあるように泥棒の方が年上で、年齢からいえば反対の配役なのですが、私が思ったとおり松緑さんの持ち味が生きて、彼の泥棒が素晴らしい出来栄えであったので、作品の内容通り、舞台の上でも心の交流が自然な流れで出来上がり、芝居をしていて楽しい思いをさせてもらっています。
今回、普段歌舞伎をご覧になることが少ないお客様にも充分お楽しみいただけるよう、心を新たにして練り上げ、よりよい作品に仕上がるよう努力を続けていくつもりです。見終わったお客様のお気持ちが温かくなるような、そんな芝居になれば嬉しいな、と思っております。
◆「身替座禅」  山陰右京
山陰右京を演じるのは初めてです。亡き父がよく覚えていて、先輩が初役でお勤めになるときに指導していたのを見ていましたし、これまで、太郎冠者、奥方玉の井は何度も勤めて、芝居の運びはすっかり手に入っている演目ですので、初役でありながら初役とは思えない不思議な感覚です。恐妻家が浮気がばれて懲らしめられるという、喜劇として分かりやすい内容でありながら、初演の六代目菊五郎と曾祖父の舞台には、狂言物らしい品格と、踊りの素晴らしさ、そして根底には、誰よりも愛し合っている夫婦の微笑ましさがあったといいます。今回勤めるにあたり、そのあたりを大切に、自分自身も注意をし、初役の松緑さんの奥方、亀三郎君の太郎冠者にも指導して、笑いを生みながらも風格のある、やさしくて温かい、歌舞伎の狂言物の本来あるべき姿を追求していきたいと思っております。
平成22年10月
◆「連獅子」 親獅子
5年前に坂東流の舞踊会で一日踊ったことがありますが、本興行では初役です。長らく父と一緒に仔獅子を勤めてきた演目ですから、いよいよ息子と親獅子を演じることになったか・・、という感慨がやはりあります。
当流の振付けでは、あまり親子ということを強調せず、あくまでも狂言師右近左近が物語る獅子の世界という解釈ですが、ただそこは本当の親子。そこはかとなく温かい親子の情愛が漂えば、と思っております。松羽目物らしい品格を大切に、舞台を大きく、あまりべたつかず、爽やかな印象をお残しできるよう努力するつもりです。
私はともかく、このような大一座で仔獅子を勤める巳之助はかなり緊張していることと存じます。作品同様、少しでも成長のあかしがお見せできれば、これに越す追善の意義はありません。
◆「加賀鳶」 春木町巳之助
昨年も演じ、たしか3回目になると思います。喧嘩のもとを作った張本人であり、鳶の先頭を切って出てくる役ですから、江戸の鳶とはこういうものか、という威勢のよさ、気組みの高さを、活きのいいセリフとともにお見せできればと思っております。
◆「盛綱陣屋」 信楽太郎
いわゆる「ご注進」と呼ばれる役の代表格です。糸に乗って威勢よく体を使って動く役ですが、「ご注進」はあくまでも戦況を物語ることが主眼。
それを忘れて糸に乗って気持ちよく動いていると、「それじゃあ踊りになっちゃうよ!」とよく叱られました。
佐々木高綱の戦場での動きが手に取るように解るように、それでいて糸に乗った体の動きが、得も言われぬ歌舞伎を観る楽しさにつながるような、そんなご注進にしたいと思っております。
◆「どんつく」
3度目になります。これは父が亡くなってから勤めた役ですので、直接父から教えてもらったことはありません。父の臨終の床で「まだどんつくを教えてもらってません。元気になっておしえてください!」と叫んだ覚えがあります。ただ父の「どんつく」に一緒に出て、相手の太夫を勤めたこともありますので、そのイメージを頭に浮かべながら演じております。父は父で、一生懸命曾祖父七代目に近づけるように努力しておりました。
田舎者のどんつくというキャラクターですので、太夫の粋な感じと好一対になるよう、のんびりとおおどかな、まろやかな味わいを出せるよう努力したいと思います。一座のみなさんが出演してくださることに感謝をし、明るく楽しい舞台にして、三代の先祖への佳き追善となるような舞台にいたしたいと存じます。
平成22年7月
◆「名月八幡祭」 縮屋新助
平成2年東京、平成7年大阪以来三度目です。第一回の八月納涼歌舞伎に演じた思い出の深い役です。もっと演じていると思っておりましたので、こんなに久しぶりとは自分でも意外でした。深川の八幡様の夏祭りを背景に、当時の江戸情緒がちりばめられた詩情溢れる作品です。深川芸者の張りと意気地に生き刹那的な美しさの美代吉と、純朴な越後の縮屋新助との対比、いきな計らいを見せる旗本、江戸ッ子のキップのよさと優しさを併せ持つ魚惣夫婦、いい男だが危険な匂いの船頭三次という登場人物たちが、江戸深川の夏の情景とともに生き生きと描き出されています。最後には舞台に本水を降らし夕立の中での殺しとなりますが、この「名月八幡祭」が今回三回目。他にも「怪談牡丹灯籠」「お艶殺し」などで、もう何回、本水のなかでびしょ濡れになりながら福助さんを殺したでしょうか(笑)・・・、お互いに息はピッタリです。

いずれにしても夏狂言ならではの季節感と江戸情緒を、お客様に存分に味わってい ただきたく存じます。
◆「暫」 鹿島入道震斉
たしか3回目だと思います。女鯰の方もたびたび演じ、さらには「女暫」のときもあるので、何回演じたかは定かではありません・・・(笑)。この鯰という役は何でもないようで難しい役で、もちろん道化方ではあるものの、腹出しと同じように筋肉の柄がついた肉襦袢を着ている訳ですから、荒事に通じる力強さもなくてはなりません。さらにはこの55分の一幕のなかで、芝居に弾みをつける大きなアクセントになっていなければいけないと思います。この役にある程度の重みのある人がすわっていてくれなければ、この一幕がなんとなく軽くなってしまう・・・。そういう意味では要(かなめ)の役だと思います。今回は随市川のご当主成田屋さんの鎌倉権五郎ですから、その大きさに負けぬよう、しっかりと受け止めたいと思っております。
◆「馬盗人」 悪太
平成8年の中座で復活初演以来、歌舞伎座、御園座、博多座、南座とまわり、一昨年の日生劇場を含め、今回七回目の上演になります。祖父八代目が創ったこの新作舞踊を復活し、これだけ再演を重ねる人気狂言になってくれたことは、私にとりまして何よりの祖父孝行だと思っております。

復活のおり、オープンリールのテープの音だけが残っておりましたが、映像はなく、振りはまるで分かりませんでした。そこで初演の折に馬の脚を勤めた三津二郎に来てもらい聞いたところ、「自分はずっと馬の中に入っていたので、人間の動きは覚えていません」とのこと。「そりゃそうだよね・・」と笑いましたが、とにかく覚えている範囲の馬の動きだけを教えてもらい、そこから逆算して考えて、大まかな振りを三津弥さんが作ってくれました。それを私なりに咀嚼して完成していったのが、現在の「馬盗人」です。悪太の化粧もいろいろと試した結果、今のカールおじさん風の鬚をつけた化粧に落ち着きました。また泥棒らしく、悪太の衣装が鍵と鍵穴、すね三の衣装が足あと、百姓の衣装を稲穂としたのも、私の工夫です。また祖父のときは、花道を引っ込んだ馬を追いかけて、人間も花道を追いかけるうちに幕、であったのを、馬だけを引っ込ませ、人間を舞台に残し、馬が自由を得た様子を強調した幕切れに直しました。

この舞踊ではじめてプログラムに馬の脚の役者の名前が載ったという作品ですから、馬の役者の演技と技術が大きな見所です。その分苦労は並大抵ではなく、ひと幕終わったあとの二人はフルマラソンを走った後のように疲労困憊です。その馬も、復活第一回の時が「三津右衛門・八一」その後「三津右衛門・大和」に変わり、一昨年の日生劇場の時から「大和・八大」と若返りました。二人にとっては通常の大歌舞伎デビューとなります。ぜひ応援してあげて下さい。
平成22年5月
◆「摂州合邦辻」 合邦道心
初役です。この場の主役はもちろん玉手御前ですが、内容的には合邦の芝居といってもよく、大変やりがいのある面白い役です。捨て坊主ながら元武士の身として、理不尽な行いをした娘を、世間を憚り怒りつつも、かわいい我が子という情愛を捨てきれない、親の心の揺れ動きが見事に描かれています。義太夫狂言としての骨法を守りつつも、そうした合邦の微妙な心情をお客様に伝えられるように努力いたしたいと思います。古靭大夫の名品や、祖父8代目三津五郎のこの役の良さなどを充分研究して、私なりに現在できる精一杯の役作りをしてお目にかけ、この一幕が現代のお客様にも通じる作品として成立するよう努力いたします。
◆「河内山」 河内山宗俊
4回目になりますか・・。関西で演じるのは初めてです。今回は質店がつきませんので、河内山の変わり目というより、男らしい度量の大きさ、おおらかさに重点を置いて演じようと思っています。愛嬌ももちろん必要ですが、そちらが先に立ち男の大きさが際立たなくなるのは、この役の本分から外れると思いますので、肝の据わった男の大きさと余裕が、自然に愛嬌につながってくれればと考えています。昼の部の切りですので、お客様が気分よく劇場をあとにできるように、余裕を持って明るくおおらかに演じたいと思っています。そして何より、ほくろをつけるのを忘れないようにしなければ・・・(笑)
◆「京人形」 左甚五郎
これも4回目になります。あまり難しいことを考える必要のない分かりやすい作品なので、お客様のよき気分転換となれますよう、肩の力を抜いて、軽く明るく、楽しく演じたいと思っています。人形に魂が入って動いたり、鏡をぬくと男姿になったり、大工道具をつかった面白い立ち回りがあったりと、短いなかにも趣向が込められた、歌舞伎のメルヘンともいえる舞踊劇です。そうした理屈ぬきの楽しさを感じていただけるように、出演者一同力を合わせて臨みたいと思います。
◆「髪結新三」 大家長兵衛
2度目です。前回は中村屋さんの襲名公演で、手代忠七と早変わりをいたしました。ですのでご趣向という意味合いもあり、またお相手も同じ年の中村屋さんでしたから抵抗はありませんでしたが、今回は先輩の菊五郎さんがお相手で、しかも老け役の大家ひとつでの出演ですので、いささかですが抵抗があります(笑)。ですが儲けどころのある大変面白い役ですので、大阪のお客様にも江戸の世話物の楽しさを感じていただけますよう、割り切ってうんと突っ込んで演じてみようと思っています。悪党の新三でもかなわない一筋縄ではいかないふてぶてしさと、それをくるんでしまう独特の愛嬌と枯れた味わい、とんでもなく食えぬじじいだが、なんとなく許せてしまう、そんな多面性をもって演じ、この作品の大きなアクセントになれればと思っています。
平成22年4月
◆「御名残木挽闇争」 悪七兵衛景清
さよなら公演の為に作られた新作のだんまりです。工藤祐経、五郎、十郎ほか源氏の一党が、木挽町の浜に勢揃いしているところへ、平家方の典侍局と景清が現れ、景清が源氏の白旗を奪い取って去るという筋立てです。

とにかく骨格を大きく、歌舞伎座のだんまりにふさわしい芸容で締めくくりたいと思っています。数々の舞台を通じていろいろなことを教えてくれた歌舞伎座・・・。その感謝の気持ちを籠め、毎日楽しみつつ、幕外の引込みの味わいを噛みしめたいと思っています。
◆「助六由縁江戸桜」 福山かつぎ
平成10年、仁左衛門襲名のとき以来2度目です。子供のときから大好きな役で、一度は演じたいと思っていながらなかなか演じる機会がなく(あ〜この役はもう演じることなく終わるのだな・・)と思っていたら、40歳を過ぎてやっと演じることができたのがすでに12年前。今回歌舞伎座最後の舞台で50歳を過ぎてこの役を再びやれるのはただただ嬉しく、若返って威勢良く、最後の歌舞伎座の舞台を思う存分楽しみたいと思います。
平成22年2月
◆壺坂霊験記 沢市
初役です。明治になって文楽で初演され、名人豊沢團平の節付けと、「三つ違いの兄さんと・・・」という名文句で、一世を風靡した人気曲になりました。歌舞伎に初めに取り入れたのは5代目坂東簑助。そのときは沢市と、お里を口説く鴈九郎という悪者の二役を替わるという演出でした。
その後曾祖父7代目三津五郎が得意とし、それが故勘三郎、故又五郎、祖父8代目に伝わりました。我が家にとっては縁の多い狂言なのです。今回17代目の勘三郎おじさんの追善に私がこの沢市を演じるということは、その意味からも大変に意義深いものだと思っております。

故勘三郎おじさんは、最後の目が明いてからの万歳の踊りのところに独自の工夫を加えられましたが、故又五郎おじさんは、ほぼ曾祖父7代目のやり方を踏襲されていたので、今回はその沢市を直接習ったことのある又之助君に詳しく教えてもらいました。冒頭に地唄の「菊の露」の一節を弾語りするところがありますが、私の家の町内会に人間国宝の富山清琴さんがいらっしゃるので、数回通ってみっちりと教えていただき、地唄用の大切なコマも貸していただきました。沢市、お里、観音様、と3人しか出てこない芝居ですが、盲目の沢市の心情と、それを思いやるお里の夫婦の情愛で、劇場中が温かい空気で満たされそれが喜びに変わって成就されていくような、そんな芝居になるといいな・・・と思っております。
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